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千葉地方裁判所 昭和34年(ワ)109号 判決

原告

木村商事株式会社

被告

藪塚建材興業株式会社

主文

一、被告は、原告に対し、金五五、三三〇円及び之に対する昭和三一年一二月三一日からその支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払はなければならない。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、之を三分し、その二を原告の、その余を被告の、各負担とする。

四、この判決は、第一項に限り、仮に、之を執行することが出来る。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金一二七、九九五円及び之に対する昭和三一年一二月三一日からその支払済に至るまでの年五分の割合による金員を支払はなければならない。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、被告の被用者である訴外粟生憲司(自動車運転者)は、昭和三一年一二月九日、被告所有の貨物自動車(砂利運搬用五トン車)(以下、トラツクと云ふ)に砂利を積載運転して、木更津市方面から千葉市方面に向つて進行の途中、千葉市今井町二〇四番地道路のカーブ地点に於て、訴外草刈芳夫の運転する逆方向から進行中の原告所有の小型貨物自動車(以下、ダツトサンと云ふ)に右トラツクの車体後部を衝突させ、因つて、右ダツトサンを破損させ、且、之に積載中の原告所有の自転車一台を破損させると共に、之を運転中の右訴外草刈芳夫に対し、一ケ月間の安静治療を要する右耳部切創、膝部切創、大腿骨不完全骨折等の傷害を蒙らせた。

二、右衝突事故(以下、本件事故と云ふ)は、右訴外粟生が、その運転を誤つた結果生じたものである。即ち、右訴外人は、前記トラツクを運転し、道路右側(進行方向に向つて)を進行して、前記衝突地点附近に差かかつたのであるが、その際、前方道路右側(トラツクの進行方向に向つて)約二七メートル附近に、訴外古川米茂が自転車にリヤカー(以下、リヤカーと云ふ)をつけて之を引き、同じく約五〇メートル附近に、(リヤカーの後方となる)、前記訴外草刈の運転する前記ダツトサンが、夫々、反対方向に向つて進行中であつて、しかも、そのまま双方が進行すれば、進行中の右リヤカー附近に於て、右ダツトサンとすれちがうことを認めたのであるから、右訴外粟生は、右ダツトサンが一時停止して避譲するか否かを見極める為めに、一時停止をするか若くは直ちに停止し得る様に減速することを要し、又、当日は、降雨で、路面が濡れて居たのであるから、すれちがう為めに急に左にハンドルを切るときは、スリツプして、車体後部が道路中央部に突出し、之をダツトサンに接触させる危険があつたのであるから、之を避ける為めにも、一時停止をするか若くは直ちに停止してもスリツプなどの起らぬ様に減速除行する必要があつたに拘らず、この様な点に何等の注意も払はず、漫然、ダツトサンがリヤカーの後方で停車するものと軽信して、そのまま、時速約二四キロの速度で、進行し、右ダツトサンとすれちがうに至つたのであるが、その際、急に、左にハンドルを切つた為め、スリツプし、その結果、車体後部を右ダツトサンの正面に衝突せしめ、因つて、前記事故を発生せしめるに至つたものである。従つて、その事故は、右訴外粟生の過失によつて発生したものである。

三、而して、右訴外粟生は、被告の被用者であつて、被告の事業を執行中に、右事故を発生せしめたものであるから、被告は、その使用者として、右事故によつて、原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。

四、右事故によつて、原告会社が蒙つた損害は、左記の通りである。

(1)、金一〇六、二八〇円 前記破損した自動車の修理費用。

(2)、金一、三〇〇円 前記破損した自転車の修理費用。

(3)、金八、四一五円 前記傷害を蒙つた訴外草刈芳夫の治療費。

内訳、一、金五三五円 治療費。

一、金四、三八〇円、入院費(食費を除く)。

一、金三、五〇〇円、食費及び附添費。

合計金一一五、九九五円。(訴状記載の金一二七、九九五円は誤記と認める。)

五、仍て、被告に対し、右損害の合計額及び之に対する事故発生後である昭和三一年一二月三一日からその支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による損害金の支払を命ずる判決を求める。

と述べ、

被告の主張を争つた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。詐訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

一、原告主張のトラツクが被告の、同ダツトサンが原告の、各所有であること、原告主張の日に、それ等を運転した者が夫々、原告主張の訴外人等であつて、右トラツクを運転した訴外粟生が被告の被用者であること、原告主張の日に、その主張の場所附近で、右各自動車が衝突したこと、之によつて、原告所有の自動車が破損し、之を運転した訴外草刈芳夫が負傷したことは、孰れも、之を認める。

二、併しながら、右衝突事故が、被告の被用者である被告所有のトラツクの運転者訴外粟生憲司の過失によつて発生したものであることは、之を否認する。

右事故は、原告所有のダツトサンの運転者訴外草刈芳夫の過失によつて発生したものであつて、被告所有のトラツクの運転者右訴外粟生の過失によつて発生したものではない。即ち、右事故は、右訴外草刈が、その運転するダツトサンの前方を同一方向に向つて進行中のリヤカーを追越さんとした際に生じた所謂追越事故であつて、斯る場合には、追越さんとする者は、反対方向から来る車の有無を確め、若し、反対方向から来る車馬があれば、先行車馬であるリヤカー附近でこれとすれちがう危険があるか否かを確認した上、その危険があれば、リヤカーの手前で、一時停止して、危険を避けるべき義務があるにも拘らず、これを怠り、漫然、先行のリヤカーを追越さんとした為め、之を避けようとして、急停車した右訴外粟生の運転して居た被告所有トラツクの車体の横腹に衝突し、本件事故を引起すに至つたものであるから、右事故は、右訴外草刈の過失によるものであつて、右訴外粟生の過失によるものではない。従つて、被告には、右事故によつて生じた原告の損害を賠償すべき責任はない。

仮に、右粟生に過失があつたとしても、右の次第で、右訴外草刈にも、重大な過失があつたのであるから、損害賠償額の算定については、その過失の責任が斟酌せられるべきものである。

三、原告所有のダツトサンの破損の程度、その修理に要する費用の額、訴外草刈の負傷の部位、程度、その治療に要した費用の額等は、全部、之を争ふ。

四、右訴外草刈の負傷の治療の為めに支出された費用が原告の損害となることは、之を否認する。右治療費は、被害を受けた訴外草刈自身の損害であつて、原告の損害ではない。

五、原告主張の自転車が右ダツトサンに積まれて居たこと及びそれが右事故によつて破損したことは不知。

と述べた。(立証省略)

理由

一、本件トラツクが被告の、本件ダツトサンが原告の各所有であること、訴外粟生が、被告の被用者であつて、原告主張の日に右トラツクを運転し、又、訴外草刈が同日、原告所有のダツトサンを運転したこと、及び右トラツクと右ダツトサンとが、同日、原告主張の場所附近で衝突したことは、孰れも、当事者間に争のないところである。

二、而して、成立に争のない甲第二乃至第四号証並に同乙第三乃至第九号証及び同第一二号証の各供述記載(但し、甲第二号証と乙第八号証とはその記載)と右甲第二号証及び乙第八号証に添付の各図面と当事者間に争のない事実と弁論の全趣旨とを綜合すると、

1、本件事故の発生した道路は、千葉市中心部から同市今井町を通り同市蘇我町を経て木更津市方面に通ずる二級国道で、本件事故現場附近は、幅員六メートル四五、アスフアルト舗装が為され、現場附近に於ては、右今井町から右蘇我町方面に向ひ“S”字型に湾曲して居るものであること。

2、本件事故当時に於ては、現場附近は、小雨が降り、その路面がぬれて居て、大型自動車などが急停車した場合などは、スリツプし易い状態にあつたものであること。

3、当日、前記訴外粟生は、前記トラツクを運転して、千葉市千葉港岸壁から同市蘇我町所在の東電千葉火力発電所まで砂利を運搬して居たものであるが、三回目の運搬を終つての帰途、空車を運転して、蘇我町方面から今井町方面に向つて、時速約二八キロ位で進行し、本件事故現場の今井町第一カーブ(進行方面に向つて左カーブ)附近に差かかつたのであるが、小雨で、路面がぬれて居たのと前方の見通しをつける為めとで、稍大廻りをする為め、道路中央より稍右寄り(進行方向に向つて)を進行したところ、前方約二七メートル位の道路右側(進行方向に向つて)に、自転車にリヤカーをつけて、之を引いて来る者と、その後方約二三メートル位の道路右側(進行方向に向つて)に、前記草刈の運転するダツトサンとが、反対方向に進行して来るのを認めたので、軽くフード、ブレーキをふみ、速力を時速約二四キロ位に落して、そのまま進行したこと。

4、一方、前記草刈は、前記ダツトサンを運転して、千葉市市場町にある原告の営業所から木更津市にあるその本店に赴く為め、右市場町の営業所を出発して、稲荷町を通り、本件事故現場手前のカーブ(左曲り第一カーブ、前記トラツクの進行方向からすれば、右曲り第二カーブ)に差かかつたので、速力を時速約二〇キロに落して、之を廻り、次いで、右曲り第二カーブ(トラツクの進行方向からすれば第一カーブ)に差かかつたので、道路左側を進行して、右カーブを廻り、間もなく、その前方約二〇メートル位のカーブ中央手前左側附近に前記リヤカーを引いて進行中の者のあることを発見したのであるが、之を追越し、進行しようとして、そのまま、進行を続けたこと。

5、以上の様な状況の下で、双方がそのまま進行したならば、右リヤカー附近に於て、双方がすれちがうことは、必定であつて、而もその附近に於ける道路の幅員は前記の通り狭いのであるから、衝突の危険のあることは、双方共に、十分に予知することを得た筈であるから、その危険を未然に防止する為め、右訴外粟生に於ては、一時停車して、ダツトサンの進行状況を確め、そのまま進行して来る様であつたなら、之を通過せしめて、然る後に進行を開始するか、若くは、ダツトサンの進行状況を見ながら、何時にても停車し得る態勢の下に、徐行するか、何れかの方法をとるべき義務があり、又、右草刈に於ては、一時停車して、前方から、反対方向に向つて進行して来る車の有無を確め、その様な車のある場合には、そのまま停車を継続して、その車を通過せしめ、然る後に、進行を開始して、リヤカーを追越す様にすべき義務がある(この様にすれば、本件事故の如きは発生の余地がなかつたものである)に拘らず、右粟生は、右の点について何等の注意をも為さず、右ダツトサンがリヤカーの後に於て、一時停車するものとのみ軽信して、そのまま進行を続け、又、右訴外草刈は、右の点について何等の注意を為さず、その為め、前方から右粟生の運転するトラツクが進行して来ることに気付かず、そのまま、リヤカーを追越さんとして、その進行を続け、右リヤカーの手前に於て、急に、右(進行方向に向つて)に、ハンドルを切つて右リヤカーの右側(右同)に出たところ、前方から前記トラツクが進行して来るのに気付いたので、狼狽して、急停車し、一方、右訴外粟生は、右の様に信じて、進行を続けたところ、突如、右ダツトサンが右リヤカーを追越さんとして、ハンドルを右(トラツクより見れば左)に切つて、右リヤカーの左側(進行方向に向つて)に出たので、狼狽して、ハンドルを左(進行方向に向つて)に切つて、急停車したのであるが、路面が前記の通りぬれて居り、而も空車であつた為め、車体は数メートルスリツプし、その結果、右トラツクのボデー右側(進行方向に向つて)中央部分附近が、ダツトサンの前方左側部分(トラツクの進行方向に向つて、ダツトサンより見れば前方右側)に衝突して、本件事故が発生するに至つたものであること、

が認められる。

前顕甲第三号証及び乙第三、第六、第七、第一二号証の供述記載中以上の認定に牴触する部分は、措信し難く、他に、この認定を動かすに足りる証拠はない。

三、右認定の事実によつて、之を観ると、本件事故は、訴外粟生及び同草刈の双方の過失によつて発生したものであると断ぜざるを得ないものである。

而して、その過失に於ける両者の情状の軽重は、前記認定の事実によつて、之を按ずると、右訴外草刈は、トラツクが進行して来るのに気付かず、その為め、リヤカーの手前に於て、一時停車を為し得なかつたことに於て情状重く、訴外粟生は、ダツトサンが進行して来るのに気付きながら、一時停車をしなかつたことに於て、情状重く、又、訴外草刈は、リヤカーを追越さんとして、リヤカーの右側(その進行方向に向つて)に出たことに於て、情状重く、訴外粟生は、減速を為さずして進行し、その為め、急停車の時に於て、数メートルのスリツプを生ぜしめた点に於て、情状重く、その他に於ては、双方共、その情状に甲乙がないと認めるのが相当であり、以上の情状を綜合すると、双方の情状には、その軽重がないと断ずるのが相当であると認められる。従つて、その責任は五分五分であるから、訴外粟生の負ふべき責任は二分の一であると云ふことに帰着する。

四、而して、右事故によつて、原告所有の前記ダツトサンが破損し、その結果、原告が、合計金一〇六、二八〇円の損害を蒙つたことは、原告代表者尋問の結果と之によつて成立を認め得る甲第五号証とによつて、之を認め得るところであるから、原告は、右ダツトサンが破損せしめられたことによつて、同額の損害を蒙つたものであると云はざるを得ないものである。

又、前顕甲第三号証の供述記載と原告代表者尋問の結果と之によつて成立を認め得る甲第六、七号証とによると、右訴外人が右事故によつて、原告主張の傷害を受け、その治療の為めに、合計金四、三八〇円の支出を為さざるを得なかつたことが認められるので、原告は、之によつて、同額の損害を蒙つたものと云はなければならない。

この点について、被告は、右傷害による損害は、右訴外人自身の損害であつて、原告の損害ではないと主張するのであるが、他人の不法行為によつて、不当の支出を余儀なくされた者は、之によつて、損害を蒙つたものであると認めるのが相当であるから、被告の右主張は、理由がない。

尚、原告は、以上の外に、右事故によつて、右ダツトサンに積載されて居た原告所有の自転車が破損せしめられ、之によつて、原告が損害を蒙つた旨を主張して居るのであるが、その様な事実のあることを認めるに足りる証拠がないので、右損害の生じたことは、之を認めることが出来ない。

五、然るところ、原告の蒙つた右各損害は、被告の被用者である前記訴外粟生が被告の事業を執行するについて加へた損害であることが、前記認定の事実と前顕乙第六、七号証の各供述記載と被告代表者尋問の結果とを綜合して認められるので、被告は、右訴外人の使用者として、同訴外人が負担すべき責任の限度に於て、その賠償を為すべき義務のあるものである。

而して、前記損害の合計額は金一一〇、六六〇円であるところ、右訴外人の賠償責任は、前記の通り、二分の一であるから、被告に於て、その支払を為すべき義務のある額は、その二分の一である金五五、三三〇円である。

故に、原告の本訴請求は、右金五五、三三〇円及び之に対する本件事故発生の後である昭和三一年一二月三一日からその支払済に至るまでの民法所定の年五分の割合による損害金の支払を求める限度で、正当であるが、その余は、失当である。

六、仍て、右正当なる限度に於て、原告の請求を認容し、その余は、之を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について、同法第一九六条を、各適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 田中正一)

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